キレ癖

俺がやってることは相手を威圧して論理ではなく言論を封じてるのではないか。

そんな恐ろしいことをしているのではないかと不安になるときがある。

 

プロジェクトマネージャになって、

あらゆる方面から質問と横槍が入る。

それを全て裁こうとしているだけ。

全て丁寧に答えたいが、そうはいかない。

やはりキレてしまう時がある。

 

いや、封じ込めようとしていない。そんな気持ちはさらさらない。

 

ここに来て当事者意識の無い発言を感じるのが、お前は今まで何をしてきたんだ?という感情に近いと思う。

 

いや、そうであっても丁寧に向き合うべか。

やはり内容次第か。それこそこちらが誠実で無ければならない。

 

でも、全て受けてやりきれないことだっていっぱいある。やはり重要かどうか。

ただ重要かどうかを議論するのも、また難しい。ここも明確な考え方の基準がいる。

 

そもそも解釈の中で生きている

我々の業界は

やはりQAの顔色を伺うようなことも多々ある。

そうなっていいのか。正論をぶつけ合うのが正しいのか。

いい関係性を作って、良しなに、やり込めるのが正解なのか。

 

全部は聞いていられない。そう決めるのはやっぱり俺だ。

魅了とは

外面をカッコつけて、内心ビクビクしてるやつはモテない。

カッコよくいないと、とか面白い話しなきゃて、ドキドキって時点でもう諦めた方がいい。

 

そうじゃない。

 

自分の人生めっちゃ楽しんでるやつに人は集まる。

誰にどんなこと言われたって、

爽やかに、お前はお前、俺は俺と言い切れるやつが魅了あるやつ。

 

もちろん、その上で外面もカッコつければ尚モテる。

 

主導権は渡さない感覚

これも自分で人生をコントロールするてことなんだけど、いろいろ分からないことを周りに聞くだけだど、

知りたかった内容以上の内容をオンされたとき

教えをこうた分、その人の内容が100パーセント尊重すべきかなみたいな感覚になる時があるが、

そこは自分の中で取捨選択し、変な思いやりは捨て去らねばいかん。

 

そう、これはポリシーにしよう

特に普段お世話になって人とかのメンツを立てて不要なボールまで背負っちゃうみたいなところがあるから、それは絶対にしないと心に誓う。

壁打ちの大切さ、裏返って壁でいい?

壁打ち

自分の悩みを好きなことを好きななように話して、そのフィードバックをくれる。

話を聞いてる方は、辛いかもだけど、

言ってる方は頭が整理されて気持ちいい。

 

壁がいてくれることは幸せなことだな。

そして上司の壁になってらと感じたら、話半分でいいかも知れない。

フォロワーはいるか?

自己を磨き続けることは大前提である。

でも突破するためには人の協力が不可欠である。

言い返せば、一人で何かを成し得た人はいない。

成功者はその一人にフォーカスされがちだけど

その周りに何人ものフォロワーがいるはずだ。

 

まろやかに、爽やかに、いつも周りに感謝しながらことを進めたいものだ。

 

別に成功したいわけじゃない。

ただマネージャーとして一つ一つ突破したいだけだ。